解放派系全学連 解放派系全学連は、社青同解放派の政治組織、革労協【革命労働者協会】の指導のもと、おもに明治大学を拠点に活動している。学生組織は反帝学評と名乗る。全学連大会は今年で49回を迎えた。 七月二十七日から二十九日、全学連第四十九回定期全国大会が開催される。現在の社会の矛盾に怒りを感じ、日帝ブルジョアジー、国家権力の反労働者的・反人民的諸攻撃を自らへの攻撃として鋭敏に察知し、大学資本・当局の統制・規制に対抗しようとするすべての戦闘的学生に対して、この全学連大会に結集することを熱烈に呼びかける。 全学連は、一九四八年、戦後第一の革命期のるつぼのなかで反レッドパージ闘争や教育再編に対する闘いをおしとおして誕生した。以降朝鮮戦争下の武装闘争に突撃したが、日共の敗北と破産とともに民主主義運動の一翼として後退と俗流化の一途をたどった。しかし、日帝の自立・復活と六〇年安保にむかう過程で、日共の民族主義・議会主義から決別したブントが主流派として安保闘争に突撃した。わが革労協は、この六〇年安保ならびに三池大量首切りに対する実力闘争の中から出発した。そしてわが革命的学生運動も、六〇年安保闘争への決起とその階級的革命的総括をもって出発した。 ブントの分解とこれに乗じた革共同による全学連中央の制圧、日共の分裂を突破して、日韓闘争、ベトナム反戦闘争のただ中から六六年に全学連が再建され(いわゆる「三派全学連」)、六七年羽田の闘いをはじめとする実力決起をかちとった。われわれはその最左派として先頭で闘いぬき、またベトナム人民抑圧戦争論ファシズム論、教育闘争論をはじめとする路線をもってこれを牽引した。この闘いは、同時に誕生した反戦青年委員会との連帯をもって、全国反戦・全国全共闘の結成と六九、七〇年安保決戦の直接の源泉となった。 そして民主主義・国民主義運動の左派としての限界の突破をかけた党派闘争をくぐりながら、六九年に「プロレタリア統一戦線の一翼としての全学連運動」をかかげた第二十回定期全国大会がかちとられ、全学連は学生運動の革命的推進の基軸として今日にいたるまで闘いを貫徹してきている。 他方、六九、七〇年決戦をとおして、すでに日共「全学連」をデッチあげ六九年十・八羽田闘争に「赤旗まつり」を対置して実力闘争を否定することによって戦闘的学生から見放されてきた日共は、反戦・全共闘に対する武装敵対を路線とした。同様に「全学連」を僣称する革マルは、「反武装蜂起」の部隊として、権力と結託して白色テロルと学生運動拠点における白色制圧に乗りだした。 プロレタリア統一戦線の旗をかかげてから二十八年間の闘いは、集中する反革命弾圧、革マルによる白色テロルとその対抗の歴史であると同時に、この闘いを貫徹することをもってはじめて戦闘的学生の生きいきとした決起、拠点の形成と強化、反帝闘争の実力的推進と全労働者人民との共同闘争の前進がかちとられことを示した。多くの勢力が「全学連」の名を掲げることすら放棄し、学生運動の革命的前進と階級的再編の道を自ら閉ざし、六七年羽田闘争以来のヘルメットをも投げ捨てようとしている。プロレタリア統一戦線の一翼として、プロレタリア統一戦線の突撃力として闘いぬくことが、全学連の歴史的意義を継承し発展させていく唯一可能な道である。帝国主義の危機が深まり日帝が本格的に反革命戦争に踏みこもうという今こそ、全学連の新たなる飛躍の時である。 革命的学生運動は、破防法−鎮圧攻撃と先頭で対決し国家権力の反革命集中砲火を一身に引き受け、この闘いを基礎に、第一にプロレタリア権力闘争の飛躍にむけた全領域の先頭にたち、第二に反革命革マル解体絶滅戦における完勝ををもぎとり、第三に右翼ファシストせん滅の本格的戦闘を戦取し、第四にこれらの闘いをとおして不抜の非合法革命党−共産主義的労働者党建設、プロレタリア統一戦線−革命的共同戦線の強大な建設の一翼を担うことを、戦略的任務として前進しなければならない。 全学連の闘いは着実に前進し波及している。九七年新歓闘争の成果をうけて明大をはじめとした拠点のさらなる強化・不抜化がかちとられている。九大では教養学部自治会につづいて学友会(全学自治会)にプロ統派執行部がうちたてられ、沖大においては闘う新自治会長が選出された。 この闘いを拡大し、革マルの「拠点」を攻略し、空白大学への進撃に勝利し、日本学生運動の主流派へと躍りでていこう。プロレタリア共産主義革命に向けて勝利と解放のために一切を投入しようとする情熱に燃えるすべての戦闘的学生は、革労協に集結背せよ。学生委員会の隊列を強化せよ。 |